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赤と青のローブが、炎のように揺らめいた。そもそもあれはローブなのだろうか? ローブにしては随分不定形だけど――なんて。どうでもいいはずのことに思考を傾けてしまうのは、今の状況があまりにも絶望的だからだろうか。  連れ立った心強き戦友たちは、無限の力を戴冠した虚言の魔術師に消し飛ばされた。この異空の片隅に残ったのは、傷だらけのぼくと、未だ余裕綽々な彼だけ。  大きな手のひらでガシッと身体を掴まれる。ぼくが被っているウルトラソードの帽子をもてあそぶ手付きは、まるでオモチャを乱暴に扱う無垢な幼子のようだった。 「いいザマダネ、カービィ」  人好きのする愛想の良さを放り捨てて悪辣な性根を隠しもしない、そんな笑い方。彼がそういう声を鳴らすのは、何時だって「最後の方」だった。  幾度となくやり直しているのに、巡り合っているのに。きみは何時だって、その冠を選ぶんだね。  ねえ、マホロア。  そいつは、きみを愛してなんかいない。ただひたすら、きみの全てを奪い尽くすだけだ。力が欲しいのなら、ぼくが一緒に探すよ。ぼくのほうがずっと、まともにきみを愛せるよ。幸せにできるよ。  ねえ、マホロア。そんなにぼくじゃだめなの?  そりゃあ、ぼくの性格じゃ、きみを理解することはできない。悔しさも、劣等感も、自己嫌悪も――ぼくには、よく分からない。  理解するだけがともだちじゃない。そもそも他者の心をまるごと理解することなんてできやしないし、する必要もない。今までずっと、それでいいって思っていた。けれど、そんなだから、きみはぼくを選んでくれないのかな。だから何をしたって、ぼくは二の次なのかな。  きみにとってぼくは、クラウンを手に入れるための、ただの駒なの? ――きっと、違うよね。ただ利用されただけなら、ぼくだって、彼の野望をさっさと食い止めて、帰ってご飯を食べて寝られたはずなんだ。  違うから、話してくれたんでしょ。かつて抱いたすてきな夢のことを。  違うから、言ってくれたんでしょ。何処か遠くへ旅に出たい、って。  違うから――あんな声で、ぼくの名を呼ぶんでしょ。  ねえ、マホロア。どこに行っても、どこで出会っても、なんて。どんな気持ちで言っていたの。 「カービィ〜、起きテル?」  擦り切れた頬をぐりぐりと乱雑につつかれる。痛くて思わず身じろぎすると、逃げ出そうとしていると認識されたのだろうか、手のひらでぼくの身体を包みこんだ。 「アハハ、ドコに行くのカナ? もうドコにも、逃げられないってノニ」  マホロアがぼくを見下ろして嘲る。醜く捩じ上げられ、悪魔のごとく硬質な角に成り果てた耳を掲げて。その声は明るいのに、地を這うように低い。  どこにも行かないよ。そう答えたかったのに、代わりに喉から発せられたのは、げぽっという濁音と、淀んだ血液だった。マホロアの純白の手袋に、ぼくの血が赤黒く滲む。それすらも愉快だと言わんばかりに、彼はニンマリと笑みを深めた。毒々しく光る、夕暮れ色の瞳だった。 「アララ、ゴメンネ? ボクってば、チョットやりすぎちゃったミタイ。ダイジョウブダヨォ、あとでちゃあんと回復してアゲルカラネェ」  無骨な指で、汚れたぼくの口元を拭う。ざらざらとした手袋の繊維と、その向こうにある太くて固い指が、痛い。  「ネェ、カービィ」  両頬に手のひらを添えられて、鼻先――お互い鼻なんてたぶん無いけど――が擦れあうほどに、ぐっと顔を近づけられる。ぼくの視界は、きみでいっぱいにされた。 「ズット一緒にイヨウネ!」  それは、ぼくが思いもしなかった言葉だった。は、と呼吸が止まる。渇いた唇が、しびれたように動かなくなる。 「ず、と……」 「ソウ、ズット。モウ、誰にもジャマさせない。これからズゥット……ズット、一緒にイヨウネ、カービィ」  彼は夢見心地な様子で、うっそりと笑う。美しく響く低い声は、不気味なほどに甘く優しい。  ねえ、マホロア。  ぼくは、きみの声が好きだった。たどたどしく転がる星の煌めきが、ぼくの聴覚をくすぐるのが好きだった。  ぼくは、きみの耳が好きだった。ぴこぴこと動くその仕草に、つい目を奪われてしまった。  ぼくは、きみの瞳が好きだった。見開かれたときは黄金の満月のようで、細められたときは空に浮かぶ三日月のようで。夜を見上げるたびに、きみの笑顔を思い出した。  ぼくは、きみの手のひらが好きだった。ぼくの手を包みこむ大きさが好きだった。ぎゅっと握ってくれたときの柔らかさが好きだった。手袋越しに伝わる君の体温が、あたたかさが、好きだった。  全て全てが、今はもうそこにはない。その瞳も、声も、姿も。ぼくが好きだったきみの全ては、支配の冠に歪められてしまった。  うそつき。誰にも邪魔させない、なんて。  今まさに、彼の頭上からぼくを見下ろしているその眼が。きみの耳を雁字搦めにしているその蔦が。残酷なまでに忌まわしい、邪魔者そのものなのに。 「ねえ、マホロア」  軋んだ身体を無理矢理動かして、彼の頬にそっと手を添える。 「ナァニ?」  彼はこてん、と小首をかしげた。姿は魔王みたいにおどろおどろしいのに、仕草はかつての小さな姿のままで。理知的で、聡明で、猫被りで、うそつきなくせに――時折見せるあどけなさが、狂おしいほどに、いとおしい。 「それ――もっとはやく、聞きたかったな」  今回は振り下ろせなかった、希望の大剣。ぼくはそれを召喚して、自らの胸を貫いた。  ぶしゅっ……。眼前で、鮮烈な赤が破裂する。ただでさえぼくの血で薄汚れていた手袋は、いよいよ一色に染まってしまった。 「……エ、か、カービ、ぃ?」  マホロアは目を丸くする。何が起きたの、と言わんばかりに。  ……ああ、そういえば、あの日。始めて出会ったあの日も、跳ね上がるように飛び起きて、そんな顔をしていたね。バツ印まみれのモニターを見上げたきみは、そんな顔を、していたね。 「カービィ、カービィ! ナンデ、ナンデ……!」  手首の魔法陣が高速回転を始めた。きっと、ぼくの傷を塞ごうとしているのだろう。しかし、ぼくには必要のないものだった。 「ナンデ、ネェ……ッ、ナンデ!? カービィ……!!」  頭の中で、治さないで、と念じる。すると、ぼくの身体は彼の癒しを拒絶した。  助かろうとしないぼくを見て、マホロアはますますうろたえた。さっきまで雄大だった声は、悲痛に震えている。威圧的だった大きな瞳から、涙がぽろぽろとこぼれている。その弱々しいさまに、壊れたローアで悲しげにうつむいていたきみの背中がオーバーラップした。  うん、やっぱり、そうだ。ぼくは――あの日の、ぼくは。  翳ったその表情を何とかしたくて、きみの背中を叩いたんだ。  ねえ、マホロア。  ぼくは、きみに笑ってほしかったから、きみの手をつかんだんだよ。 「ネェ、カービィ! オネガイ、オネガイだから、ボクの魔法を受け入レテ!」  ぼくを受け入れて、も。 「イヤダ、イヤダヨォ! シンジャイヤダ、カービィ!!」  死んじゃいやだ、も。  ぼくはずうっと、きみに願っていたんだよ。

意識が偏愛の毒に沈む中、重くなるまぶたを限界まで開き続けた。きみを、少しでも長く見ていたかったから。  でも、最期に焼き付いたのは、皮肉にも。彼の頭上で嫌らしく嘲笑う、隻眼の輝きだった。